コラム (3)
名著紹介 「インカ帝国の虚像と実像」 染田秀藤 講談社選書メチエ (1998)

    
 古代アンデス文明は文字を持たなかったので、スペインに征服される以前に、“書き残された歴史”というものはなかった。しかし、アンデス文明最後の国家、インカについては、多くの記録文書が残っている。「クロニカ」と総称されるその文書は、スペイン人の征服者や植民者や宣教師などによって、様々な意図から書かれたものである。それらはもちろん、謎の多い過去の事象を知るための貴重な証言ではある。だがはたして、客観的な歴史書としてはどこまで信用してよいものなのか…。

 本書で、染田秀藤はインカに関する代表的なクロニカを紹介すると同時に、それぞれの著述者の持つ社会的立場や目的意識や思想などを検証し、まるでミステリーの謎解きのように、次々にその背後に潜む虚偽や誤解や企みを暴いていく。そしてそこから、“先進”国を自負するヨーロッパが、当時のアメリカ大陸を、いかに“未開”な社会として認識していたかを明らかにし、二つの文明の不幸な出会いという、もうひとつの大きな歴史を浮かび上がらせている。実にスリリングな本だ。

 私はこの本で、アリストテレスの「自然奴隷説」というのをはじめて知った。「人間には、理性に照らして、先天的に人を支配するものと、人に支配されるものがあるという説」だそうだ。スペインの征服者たちは、この考え方を侵略戦争の正当性の裏付けとしたという。現代の差別問題にまで通じる、根の深い話だ。
 ただ、当時のスペインにも、この意見に真向から反対し、先住民の生命と自由を守るために戦った人物がいた。ラス・カサスという聖職者。しかし残念ながら、当時の帝国主義政策によって、彼の報告や主張は抹殺されてしまった…。 (鈴木)



コラム (2)
名著紹介 「アンデスの芸術」 泉 靖一 中央公論美術出版 (1964)

 古代アンデスの美術を知りたいという人に、推薦したい一冊。アンデス芸術のすべてがコンパクトにまとめられている。
 本書では、南米全体の文化史を概観した後に、織物、土器、石、金属など、美術工芸品を素材別に紹介しているので、順を追って通読してもいいし、興味のある分野から読むのもいいだろう。

 専門家による豊富な知見に基いた、初学者向けの講座を聞いているような雰囲気。ていねいでわかりやすい説明をしてくれる。しかも、奥が深い。必要とあらば、かなりマニアックな領域にまで踏み込んでいく。
 たとえば、土器の文様で、ロッカースタンピングとかインターロッキングなど、ややこしい技法にも話は及ぶ。これは別の本(『インカ帝国』岩波新書)でだが、泉はインターロッキングを説明するにあたって、「この模様を文章で、わかりやすく表現することは、私にとって、ひどくむずかしい。三回も四回も書きなおしたが、なかなかうまくゆかない。もう一度こころみてみよう。…」と前置きしている。何という誠実な執筆態度! 文章から人柄まで滲み出ている。

 『アンデスの芸術』は、考古学や古代美術に関心のある人には、必ず得るところのある名著である。
 ところで、インターロッキングって? …それは、エッシャーの絵のような、図像の入り組んだ連続模様、…と言ったらいいだろうか…。 (鈴木)




コラム (1)
− レリーフのある円筒型三脚土器 −

グアテマラ ・ マヤ文化 ・ 5〜6世紀 ・ 土器
 グアテマラ・シティの南西、南部太平洋斜面のエスクイントラ地方で儀式に使用されたであろう円筒型三脚土器である。
 四辺形のパネル外縁部分は丁寧に磨かれ、型押し技法によって二面ほぼ同じレリーフが刻まれている。 パネル部分の図像は、マヤ様式の曲線的なレリーフであるが、その内容は、耳輪をつけたテオティワカン風の人物であり、 テオティワカンの特徴である「言葉の渦」を吐き出し、鳥の頭が人物の頭部を挟んで前後に刻まれている。 脚部は、テオティワカンの建造物に似たタルー・タブレロ状で上部が長方形、下部が台形となっており 内側に穴があって空洞になっている(TY)。

 ※以前弊店で扱ったマヤの土器について、中南米考古学の研究者TY氏に解説していただきました。やや専門的になりますが、この作品が、メキシコのテオティワカン文化とグアテマラのマヤ文化の繋がりを示す稀少な遺物であることがわかります。