南米美術案内
− アンデスからのメッセージ (2) −
アンデス文明の多彩な美術を案内します (0)初めに/甦るアンデスの美術 (1)不思議な壺/チャビン文化 (2)リアリズムの時代/モチェ文化 (3)砂漠に咲く花/ナスカ文化 (4)海の道/ビクス文化 (5)湖の神話/ティアワナコ文化 (6)ゆるやかな国家/ワリ文化 (7)考古学者ができるまで/シカン文化 (8)黄金伝説/シカン文化 (9)黒の時代/チムー文化 (10) 個性派の生きかた/チャンカイ文化 (11) 衣装の意匠/チャンカイ文化 (12) 山の道/インカ文化 アザラシ象形壺 ペルー ・ モチェ文化 5世紀 ・ 高19cm |
リアリズムの時代 モチェ文化(紀元100〜600年) |
今から千年以上昔のアンデスの人々は、何を着て、何を食べ、どういうところに住んでいたのだろうか。考古学の研究でも、まだはっきりしない部分が多い。 しかし、現在のペルー北海岸地方に栄えたモチェ文化に限っていえば、それは、かなり詳細なところまでわかっている。 なぜなら、彼らの残した土器作品が、その日常生活の細部までを、克明に表現しているからだ。 モチェの土器は、チャビン文化の伝統をひきつぎ、その多くはあぶみ型壺である。クリーム地に赤褐色の彩色がほどこされ、よく研磨されている。そして、各種の題材を、非常に写実的に造形した象形壺や、絵画的な彩文壺がある。テーマは、人物、動物、植物、建物、生活の様子(農耕、漁労、儀式、音楽や舞踏、性生活まで)、戦争、神話など多岐にわたり、実に生き生きと作品化している。もちろん幾何学的な文様やシンプルな造形も見られるが、それらはむしろ少数派である。 戦争や儀礼のテーマには、現代の目から見ると、ときに血なまぐさい描写があるが、その残酷さは、決して文化の退廃から発したものではない。 モチェ文化の芸術家たちは、リアリズムによる世界の表現に、心血をそそいだ。 この時代、北海岸地方では、耕地の拡張と灌漑技術の発達により、農業生産力は飛躍的に向上し、人口も増加した。階級社会が成立し、大きなピラミッド状の神殿も造られた。領土の拡張や水利権をめぐって、近隣の部族どうしの戦闘も絶えなかった。古代アンデス史では、地方発展期と呼ばれる時代である。 おそらく、文明社会勃興期の自信に満ちた、男性的な時代だったのだろう。こうした背景があって、モチェの人々は、繊細で情緒的な表現よりも、力強い具体的な表現を好んだのかもしれない。 ところで、多くの象形土器は、置物か供物用の完結した塑像作品のように見えるが、小さな土偶は別にして、決して容器(壺)としての機能を失ってはいない。中は空洞で、特徴的なあぶみ型の注ぎ口を持っている。 これらの壺には、チチャという酒を入れたとされている。チチャは、トウモロコシの醸造酒で、祭りや儀礼には欠かすことのできない重要な飲物である。農耕の神は、よくトウモロコシといっしょに表現されている。 モチェの芸術家たちは、彼らの作品に、聖なる酒チチャを満たすことによって、生命を吹き込んだのかもしれない。 ※本稿は雑誌「目の眼」(里文出版)1999年12月号に掲載されたものです。 |
アンデスからのメッセージ
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