南米美術案内
− アンデスからのメッセージ (8) −

アンデス文明の多彩な美術を案内します
(0)初めに/甦るアンデスの美術
(1)不思議な壺/チャビン文化
(2)リアリズムの時代/モチェ文化
(3)砂漠に咲く花/ナスカ文化
(4)海の道/ビクス文化
(5)湖の神話/ティアワナコ文化
(6)ゆるやかな国家/ワリ文化
(7)考古学者ができるまで/シカン文化
(8)黄金伝説/シカン文化
(9)黒の時代/チムー文化
(10) 個性派の生きかた/チャンカイ文化
(11) 衣装の意匠/チャンカイ文化
(12) 山の道/インカ文化

黄金製仮面 ("ORO del PERU" Banco de Lima より)
ペルー ・ シカン文化
10世紀
黄金伝説
シカン文化(紀元700〜1300年)
 アンデス文明あるいはインカ帝国と聞くと、多くの人は、すぐに「黄金」という言葉を連想するのではなかろうか。実際、これまで日本で開催されたアンデス関係の展示会も、その半数近くは、「黄金文明…」「黄金帝国…」などと銘打っているようだ。
 確かに、南米大陸は、世界でも有数の金の産地である。

 1533年、インカを征服したスペイン人のピサロは、皇帝アタワルパに、釈放と引き換えに、幽閉した部屋が一杯になるだけの金銀を要求した。そして、短期間でその約束が果たされそうになると見るや,すかさず前言をひるがえしてアタワルパを処刑してしまった。この時に集められた身代金は、およそ6トンの金と、その倍の銀であったという。
 このようにして、アンデス全域で金銀を略奪したスペイン人は、それら(もとは美事な工芸品だった)のほとんどを潰して溶かし、運搬に便利な延棒にしてしまった。そして、莫大な量の財貨はヨーロッパへもたらされ、その後の旧世界の繁栄を支えたのだ。
 不変の輝きを持つ金は、今も昔も人々の心を捕らえて離さないらしい。

 アンデス文明で金の採取と加工がはじまったのは、紀元前のチャビン文化(BC1000〜BC500)以前に遡る。
 その後、各時代、各地方で様々な技法と様式の金細工が作られていたが、その伝統が開花しひとつの頂点をなしたのが、シカン文化の時代である。

 シカンの遺跡からは、仮面、王冠、耳輪、衣装飾り、杖、ナイフ、コップ、楽器などの、多彩で精巧な金工芸品が発掘されている。ここには、かなり高度で熟練した技術を持ち、よく組織された職人集団が存在したらしい。
 シカンの金属工芸で最も有名なのは、黄金の仮面である。これまでに発見された同種の仮面は、基本的には皆同じ顔をしており、おそらくシカンの思想体系における唯一神を表しているのだろう。
 仮面の表情は、一見、平面的、無機的な印象だが、その奥に世俗の感傷を排した、揺るぎない威厳が感じられる。

 アンデス文明には、貨幣というものがなかった。したがって黄金も、経済的な価値を表すものではまったくなかった。それは、神や神に近い人、あるいは死者に捧げられるべき聖なる金属だったのだ。−−そこに、富や財への欲望を見いだし、略奪や戦争へと世界を駆り立てたのは、ヨーロッパを中心とする旧大陸の人間たちだった。

 ※本稿は雑誌「目の眼」(里文出版)2001年4月号に掲載されたものです。

 アンデスからのメッセージ
(0) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12)