南米美術案内
− アンデスからのメッセージ (10) −

アンデス文明の多彩な美術を案内します
(0)初めに/甦るアンデスの美術
(1)不思議な壺/チャビン文化
(2)リアリズムの時代/モチェ文化
(3)砂漠に咲く花/ナスカ文化
(4)海の道/ビクス文化
(5)湖の神話/ティアワナコ文化
(6)ゆるやかな国家/ワリ文化
(7)考古学者ができるまで/シカン文化
(8)黄金伝説/シカン文化
(9)黒の時代/チムー文化
(10) 個性派の生きかた/チャンカイ文化
(11) 衣装の意匠/チャンカイ文化
(12) 山の道/インカ文化

人物象形壺
ペルー ・ チャンカイ文化
12世紀 ・ 高32cm
個性派の生きかた
チャンカイ文化(紀元1100〜1450年)
 リマ市の閑静な住宅街の中に、天野博物館はある。戦前から中南米で広く事業を手がけた天野芳太郎氏(1982年没)が、私財を投じて蒐集した古代アンデスの美術品が、端然と展示されている。小さな施設だが、日本人らしい細かな配慮がゆきとどいている。

 その天野氏が、在野の研究者として、生前特に力を入れて調査したのは、ペルー中部、リマから北へ60キロほどの海岸地帯に残る、チャンカイの遺跡である。
 遺跡といっても、神殿や都市などの大きな構造物が残っているわけではない。チャンカイは、現在では草木一本育たない見渡すかぎりの砂原だ。しかしその下には、数多くのミイラが眠っている。−−かつてここには、日乾しレンガの住居があり、川と水路が流れ、地味豊かな土地がひらけていたのだ。
 古代アンデスの個性派、チャンカイ族の旧址である。

 チャンカイの栄えた12〜14世紀、この河谷のすぐ北方には強力な軍事力を持つチムー王国が、南方には海上交易を得意とするチンチャ王国が、それぞれに覇を競っていた。しかし勢いを増すこれら二つの大国のはざまにありながら、チャンカイは、そのどちらからも、政治的・文化的な影響を受けず、常に独自のスタイルを維持していた。
 発掘品から察するに、彼らは戦争や商業にはあまり関心がなく、半農半漁の生活を旨とし、動物を飼い、よく酒を飲んだようだ。質素で穏やかな暮らしぶりがうかがえる。
 表面を’磨かない’素朴な仕上げの白地黒彩土器は、アンデス美術の中ではきわめて特異な存在である。また、それとは対照的に技巧に富み色彩豊かな織物には、長い伝統を感じさせられる。そして他の文化では最も珍重される金銀の類はほとんど出土しない。

 しかしそれにしても、地方王国期というアンデスの群雄割拠の時代に、ここチャンカイ河谷だけは、なぜかぽっかりと日が射した無風地帯のようであった。
 周りがどうだろうと、あくまでも我が道を行く、という悠揚たる個性のなせる技か。

 チャンカイ研究の先鞭をつけた天野氏は、昭和の初めに中南米に渡り、戦争で一時強制送還されたが、その後も一貫して彼の地で仕事を続けた。彼は憑かれたように考古学の研究をする一方、日々、時を選ばず酒を飲み、人との交わりを楽しみ、昼寝を欠かさない、という大変個性的な人物だったようだ。
 だから小国ながら独自性を貫いたチャンカイに、理想郷を見ていたのかもしれない。

 ※本稿は雑誌「目の眼」(里文出版)2001年8月号に掲載されたものです。

 アンデスからのメッセージ
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