南米美術案内
− アンデスからのメッセージ (5) −

アンデス文明の多彩な美術を案内します
(0)初めに/甦るアンデスの美術
(1)不思議な壺/チャビン文化
(2)リアリズムの時代/モチェ文化
(3)砂漠に咲く花/ナスカ文化
(4)海の道/ビクス文化
(5)湖の神話/ティアワナコ文化
(6)ゆるやかな国家/ワリ文化
(7)考古学者ができるまで/シカン文化
(8)黄金伝説/シカン文化
(9)黒の時代/チムー文化
(10) 個性派の生きかた/チャンカイ文化
(11) 衣装の意匠/チャンカイ文化
(12) 山の道/インカ文化

幾何学文様杯
ペルー ・ ティアワナコ文化
8世紀 ・ 高14cm
湖の神話
ティアワナコ文化(紀元100〜1200年)
 ボリビアは、山と平地からなる内陸国である。ところが面白いことに、この国には海軍がある。海軍が展開するのは、チチカカ湖だ。
 チチカカ湖。標高3800メートルの高地にあり、琵琶湖の約12倍の面積を持つ広大な湖である。ここはまたアンデスの聖地でもあり、現在でも多くの参詣者を集めている。

 アンデス文明は文字を持たなかったので、古代の神話や歴史は全く書き残されていない。ただ、16世紀にインカ帝国を滅ぼしたスペイン人による、原住の人々からの聞き書きが残っている。そしてそこに含まれる神話や伝承には、非常にしばしばチチカカ湖が登場する。

 そもそも、インカの始祖マンコ・カパック(伝説上の人物)は、太陽の子であり、人々を教化するために、天からチチカカ湖に下されたとされている。つまり、湖はインカ発祥の地であるわけだ。
 別の神話では、さらに遡って、アンデス世界の創造神ビラコチャが出現したのもまた、この湖だった。ビラコチャはチチカカ湖の中から姿を現し、太陽と月と星と大地を造った。そして、自分の姿に似せて、人間をこしらえたという。ここでは、湖は、万物創造の舞台である。
 そこで、ふたつの神話を繋げてみると、こうなる。インカの初代王は太陽から生まれた−−その太陽はビラコチャによって創造された−−そのビラコチャはチチカカ湖から現れた−−つまり、チチカカ湖こそが、全世界の源である。聖なる湖の由縁だ。

 チチカカ湖の南岸(中央アンデス全体から見るとほぼ南の端)に、ティアワナコの遺跡がある。巨石建造物群からなる壮麗な神殿跡である。
 ティアワナコ文化は、この地を中心に、紀元後の約1000年にわたって存在した。遺構や遺物の様式から察するに、かなり整然と確立された宗教体系を有していたようだ(後世のインカの神話もここから発しているのであろう)。
 遺跡建造物の中に、有名な「太陽の門」がある。門の上部中央に浮彫りされた主神は、“蛇”のいる台座に乗り、両手に“鳥”の付いた杖を持っている。そしてその顔や体の各所に“獣”の頭部をあしらっている。−−ヘビ、コンドル、ジャガーの三点セット。北のチャビン文化の流れであることは、間違いない。
 また、この神像こそが、アンデスの創世主ビラコチャである可能性は高い。

 北のチャビンに発したアンデス文明は、遥か南の湖の国ティアワナコを巻き込んで、壮大な精神世界を形成していたのである。

 ※本稿は雑誌「目の眼」(里文出版)2000年10月号に掲載されたものです。

 アンデスからのメッセージ
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