南米美術案内
− アンデスからのメッセージ (9) −

アンデス文明の多彩な美術を案内します
(0)初めに/甦るアンデスの美術
(1)不思議な壺/チャビン文化
(2)リアリズムの時代/モチェ文化
(3)砂漠に咲く花/ナスカ文化
(4)海の道/ビクス文化
(5)湖の神話/ティアワナコ文化
(6)ゆるやかな国家/ワリ文化
(7)考古学者ができるまで/シカン文化
(8)黄金伝説/シカン文化
(9)黒の時代/チムー文化
(10) 個性派の生きかた/チャンカイ文化
(11) 衣装の意匠/チャンカイ文化
(12) 山の道/インカ文化

あぶみ型壺
ペルー ・ チムー文化
12世紀 ・ 高23.3cm
黒の時代
チムー文化(紀元1000〜1450年)
 チャンチャンは、ペルー北海岸の砂漠地帯に残る大遺跡である。アドベ(日乾しレンガ)を建築素材とする、整備された計画都市だ。そこには、階層別の住居、道路、貯水池、倉庫、墓地などの跡が見てとれる。中心部には、高い壁を持つ城塞様の十の区画がある。

 チャンチャンは、紀元1000年頃からこの地に栄えたチムー王国の首都だった。古代史の上では、ワリ王国によるアンデス全域の政治的文化的均質性が崩れて、各地で覇権をめぐる争いがおこり、多くの地方国家が誕生した時代である。地方王国期といわれる。チムーは、その中でも最大最強の王国だった。

 ところで、チャンチャンの遺跡には、その構造に一つの疑問がある。街の中央にある堅牢な十の区画についてだ。十のうち九の区画は内部が似た形態をしており、王の宮殿だったとされる。調査によると、それら九つの王宮は、時期的に順番に建設されては、前のものは閉鎖されていったようだ。−−すなわちここからは、チムーの九代にわたる王が、それぞれ即位の際に自分の住居を建てては、死後放棄していった、というイメージができあがる。なぜ、一つのもっと立派な王宮を建立し、代々引き継いでいかなかったのだろう?
 ある学者は、ここではアンデス社会に特有の「分権相続」が行われていた、という説をとなえる。分権相続とは、地位と財産とは別々の人間に相続するという制度である。つまり先王は、次の王にはそのロイヤリティのみを継がせ、財産はほかの親族の生活のために残すというわけだ。では、無一物で即位した新王はどうするのか。彼はすぐに外征を行って、自分自身の新しい領土を得なくてはならない。そして、そこから得られる富で、首都に新しい王宮を建設するのだ。
 こうした潔い権力継承制度の故か、チムーは、その最盛期には、南北1300キロメートルにも及ぶ大王国を築いた。

  さて、チムー文化の工芸品で目を引くのは、よく磨かれて金属のような光沢を放つ黒い肌の土器である。そのスタイルは、同じ北海岸にかつて栄えたモチェ文化のリバイバルといった趣が強い。伝統的なあぶみ型の注ぎ口のついた象形壺がさかんに作られた。ただし、モチェ土器と違うところは、写実よりも様式化された表現を好むこと、宗教的題材より身辺的なモチーフが多いこと、などである。

 チムーは、確固たる合理精神に裏打ちされた、世俗的な国家だったようだ。華やかな絵付けより、あくまで質実な黒の器にこだわったことにも、その面目は現れている。

 ※本稿は雑誌「目の眼」(里文出版)2001年6月号に掲載されたものです。

 アンデスからのメッセージ
(0) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12)