南米美術案内
− アンデスからのメッセージ (3) −

アンデス文明の多彩な美術を案内します
(0)初めに/甦るアンデスの美術
(1)不思議な壺/チャビン文化
(2)リアリズムの時代/モチェ文化
(3)砂漠に咲く花/ナスカ文化
(4)海の道/ビクス文化
(5)湖の神話/ティアワナコ文化
(6)ゆるやかな国家/ワリ文化
(7)考古学者ができるまで/シカン文化
(8)黄金伝説/シカン文化
(9)黒の時代/チムー文化
(10) 個性派の生きかた/チャンカイ文化
(11) 衣装の意匠/チャンカイ文化
(12) 山の道/インカ文化

神像文様壺
ペルー ・ ナスカ文化
5世紀 ・ 高10cm
砂漠に咲く花
ナスカ文化(紀元前200〜後600年)
 ペルーには昔から〈ワッケーロ〉と呼ばれる人々がいる。「ワカを職業とする人」という意味である。

 〈ワカ〉というのは、現地ケチュア語で「神聖な場所」のことで、特定の丘、泉、石、木、広場、建造物などを、そう呼んであがめる風習がある。神の宿る場所なのだろう。またワカは、特に古い遺跡をさす場合が多く、そこから出土する土器は、〈ワコ〉という。
 そこで、ワッケーロだが、日本語で平たく言えば、「盗掘者」のことになる。遺跡を掘り起こして、古代の土器を取り出す専門家だ。ペルーには、年に一度、この土器を手に入れて家にかざっておくと、災厄からまぬがれるという俗信がある。アンデスの古代美術品の多くは、本格的な考古学調査がはじまる前から、こうしたワッケーロたちによってさかんに掘り出されていたのだ。

 ナスカ文化の土器も、20世紀の初めに、ペルー南部の海岸地帯で考古学者が確認するまでは、その特徴的な色絵の碗や壺は、出土地不明のまま、博物館に所蔵されていた。
 ナスカ地方は、年間を通じてほとんど降雨のない、見渡す限りの砂漠地帯だ。わずかに、アンデス山脈からの雪解け水を運ぶ幾筋かの河川が、オアシスを形成している。
 そのような砂漠から、色鮮やかな織物や、やはり多彩色の精巧な土器が、ぞくぞくと出土したのである。しかし、数多い遺物のわりには、その社会や文化については、わからないことが多い。祭祀センターらしき神殿の発掘は行われているが、政治上の中心地や行政施設、住居跡など、都市を形成した痕跡は今のところ発見されていない。権力者の墳墓も見あたらない。今後の調査を待つしかないが,謎につつまれた文化ではある。

 ナスカの土器は、器面に描かれる色彩豊かな絵画的表現に最大の特徴がある。
 その文様のタイプには、大きく分けて二種類が見られる。ひとつは、自然主義的な手法で動植物(鳥、魚、虫、作物等)を描いたものだが、ストレートな写実ではなく、洗練された図案化がなされている。もうひとつは、神話世界を表したもので、きわめて象徴的で複雑な構造を持った神像を描いているが、様々な聖的な要素で満たされたその図柄を、すっきりと絵解きすることは現在では困難である。

 荒涼とした砂漠に住む古代ナスカの人々は、美しい色彩に飢えていたのか。残された土器は、あたかも、砂の中に咲いた夢の花々のようだ。

 ※本稿は雑誌「目の眼」(里文出版)2000年4月号に掲載されたものです。

 アンデスからのメッセージ
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